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エッセイ

北方領土を訪問して
 日本の敗戦と同時にロシアは、歯舞、色丹、国後、択捉に住む元島民を強制退去させ、68年間不法に占拠している。そしてロシアの各地から北方四島への移住を奨励し、現在ロシア人約16,500名が在住する。
 私は昨年5月に北方四島ビザなし交流事業に参加、65名で択捉島を訪問した。
 択捉島はロシアの行政区分上はサハリン州に属する。島での行事に随行してくれた地区長兼議長は女性である。また国営のきんぎょ保育園や昼食の接待を受けた小学校校長も女性で、管理職等に女性の登用が多い。
 択捉島へは、昨年新しく製造された「えとぴりか船」で根室を出航、約3時間で国後島に接近し択捉島上陸のための手続きを行う。国後島を目の前にして、乳児の時に島を退去させられた元島民の女性は「やっと帰って来れた・・・」と感慨深げに呟いた。多くの元島民は故郷に帰ること、墓地を守り先祖供養することを切望している。上陸の手続き終了後約7時間かけて択捉島へ向かう。現在は改善されたようだが、当時択捉島は港湾事情が悪く、エトピリカが接岸できる港はなく、ハシケと呼ばれる船に12〜3人が乗って片道20分をピストン輸送で往復する。
 ロシアは四島の開発に力を入れおり、新しい空港、大きな水産加工場、立派な幼稚園を建てていた。芸術学校ではロシアの伝統芸術を守り、次代へ歴史を引き継ぐ。生徒がロシアの伝統舞踊を披露してくれたが、生き生きと歌い踊る姿は、民族の誇りを強く感じた。
 日本人墓地を訪れたが、墓地の上にロシア人の墓を建てたり、墓石が傾くなど荒れ果てていた。
 日本は返還運動を盛り上げようと、日露通好条約が結ばれた2月7日を北方領土の日と決めた。元島民約7,200名は平均年令79歳となり、一日も早い返還を待ち望む。私達は署名活動等返還運動を継続し運動の浸透を図り、平和的な解決を求め取り組み続けたい。
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